レイラの地震・台風・水不足?!最新情報

地震予知予言、台風最新情報、水不足最新貯水率など、報道されない『もしも』の災害に備えるための情報です

【北海道地震】札幌で修学旅行中に被災した生徒と教員の全記録

2018年(平成30年)9月6日に起きた北海道『胆振東部地震』。地震発生直後に北海道全域で停電となる『ブラックアウト』も発生しました。

滅多に大きな地震の起きない札幌でも、東区では震度6弱。中心部でも震度5強を記録しました。これほど札幌で大きい地震が起きるのはとても珍しいことなのですが。

当時札幌では中学生、高校生の修学旅行シーズン。多くの学生さんが札幌のホテルに宿泊していたことでしょう。今回は、娘さんが修学旅行で札幌に滞在中、胆振東部地震で被災したという北海道在住のMさん親子にその時の様子をお話いただきました。

3泊4日の修学旅行

    • 修学旅行はどのような予定だったんですか?

娘さん:
台風の上陸が心配される中、バスと釧路札幌間を結ぶJRスーパーおおぞらなどを乗り継ぎ、道央方面へ出発したのは9月4日のことでした。3泊4日の修学旅行で、帰りは9月7日。1泊目は札幌近郊、2泊目3泊目は札幌市内のホテルに連泊し、帰りは札幌から釧路までスーパーおおぞらに乗り、その後バスで数時間かけ学校まで戻ってくる予定でした。

    • 地震前日9月5日の札幌の様子はどうでしたか?

娘さん:
札幌に入ったのは9月5日の午後です。当たり前ですが、わたしの知っているいつもの札幌でした。外国人がたくさんいて、道も混んでいて。ホテルにもたくさんの人が泊っているようでした。

翌日は生徒全員が楽しみにしていた自由行動。地下鉄に乗り好きなところに買い物に行ったり、予約していたおしゃれなお店で夜ご飯を食べたりする予定でした。お友達とのおしゃべりはつきないものの、旅行の疲れもあり、22時ころにはぐっすりと眠りについたそうです。

地震発生!

そんな中、午前3時7分。札幌は大きな揺れに襲われました。

「ガタガタガタ…」「グラグラ…」
大きな音で建物が揺れ出し、慌ててベッドから飛び起きました。とにかく急いで部屋のドアを開け、揺れが収まるのをお部屋の友達と泣きながら待ったそうです。

娘さん:
ホテルが崩れるかと思うほど揺れました。何の音かはわからなかったけど、今まで聞いたことない音でとても怖かったです。激しく揺れているから、逃げられなくなると思い、無我夢中でドアを必死で開けました。

揺れている最中に一度電気が消え、すぐに点いたのですが、この世の終わりかと思いました。「ここで死んじゃうかも」って。揺れが収まったころ先生たちが見回りに来てくれ「大丈夫か?ケガはないか?」と声をかけてくれましたが、足はガタガタ震えるし、涙は止まらないし、怖くてたまらなかったです。友達も泣いていました。

お母さん:
わたしは残りの家族と家にいたのですが、揺れ自体はそれほど大きくありませんでした。ただ、スマホの緊急地震速報で札幌でも大きな揺れだとわかったので、本当に心配でした。

極度の地震恐怖症である娘。地震が多い地域に住んではいるものの、大きな地震を経験したことない子どもたち。慌てて部屋のドアを開けているだろうけど、ケガはしていないかと。地震が怖くて泣きすぎて、過呼吸にでもなっていないだろうかと、気になってました。

わたしの住む地域は地震後すぐに停電になりました。

札幌市内も大停電。北海道内がブラックアウト

    • ホテルが停電になって明りはどうしてたんですか?

娘さん:
先生たちが見回りに来てくれてすぐホテルも停電になり、真っ暗になりました。私たちの学校では修学旅行に携帯電話を持って行くことが禁止されていたので、明りになるようなものは何もありませんでした。あるのは各お部屋のベッドランプの下にあった非常用の懐中電灯だけ。それを持って、それぞれがお部屋で待機していました。

先生は時々来てくれて「寝なさ~い」なんて言いますが、何回も何回も余震がきて寝られるわけありませんよね(笑)

大きな地震が来て、停電もおきて、先生たちの焦っている様子はわかっていましたが、私たちを動揺させないように頑張ってくれている感じがしました。私たちもどうしたらいいのかわからなかったけど、先生たちもどうしたら良いのか困っていたんじゃないでしょうか。先生たちが集まって「スマホが使えない」「ネットが使えない」「電話がつながらない」と、小さな声で言っているのが聞こえました…

朝を迎えて

    • 娘さんたちの状況がわかったのはいつだったんですか?

お母さん:
札幌が停電し、北海道全体で停電しているのはラジオからの情報で知っていましたし、余震が多いのも知っていました。担任の先生に状況を電話で聞こうとも思ったのですが、きっと先生方もそれどころじゃないでしょうから、それはやめました。

「もしかしたら学校のHPに様子がアップされているかもしれない!」と、スマホから学校HPを開こうと思ったのですが、なぜか開けない…。他のサイトはつながるのにおかしいなと思っていましたが、きっと何かしらの原因があったのでしょう。

外にお日様が昇りようやく懐中電灯の明かりがいらなくなったころ、パパのスマホに一本の見知らぬ番号から電話が。『もしかして子供たちに何ががあったんじゃ』と心臓がバクバクしながらその様子を見ていると、修学旅行に行っていない他の学年の先生からでした

「修学旅行に行っている生徒たちはみんな元気です。ホテルは停電していますが、ホテルから朝ごはんも用意してもらえるそうです」
「学校の連絡網用メールが開けず、こちらに残っている先生方で一件ずつ電話連絡をしています。学校HPが回復したら、またそちらで生徒たちの様子を報告しますが、今のところいつ帰宅できるかの目途は立っていません」

子供たちがみんな無事でいることを教えていただき、ホッとして涙が出そうになりました。

何もできない!楽しみにしていた自由行動もなし!

    • 朝ごはんは用意してもらえたようですが、その後はどうしていたんですか?

娘さん:
朝ごはんの時間になり、生徒はそれぞれのお部屋の懐中電灯の明かりを頼りに宴会場らしきところに集められ、ホテルの朝食用で用意してあったパンをもらうことができました。

先生から札幌が停電で地下鉄が動いていないこと、お店もほとんど営業していないことを知り、今日の自由行動は『なし』になったんだとわかりました。何週間も前から行くお店をネットで検索し、計画を立て楽しみにしていただけに、ガッカリ感はハンパなかったです。でも、特にざわざわすることもなく、みんな「しかたないよね」みたいな感じでした。

お昼まではその宴会場で、それぞれが持っていたトランプをしたり、おしゃべりをしたり、真っ暗な中でほんの少しの明かりを頼りに過ごしました。校長先生も一緒に修学旅行に来ていたのですが、わりと生徒との距離の近い校長先生だったので、みんなに声掛けをしてくれたり、気遣ってくれたりしました。

その間に手の空いている先生たちは、街中のコンビニを周りお昼ごはんや飲み物を集めようと走り回っていてくれたようです。ずいぶん色々探し回ってくれたのですが、結局手に入れられたのはわずかなお菓子だけ。それを何十人もで分け合うとなれば、もれなくお昼ごはんは、チョコレート2粒と小さなカルパス1個(笑)

それに、それぞれがバスやJRで食べようと持っていたお菓子を持ち寄り、ささやかなお食事をすることができました。お腹は空きましたけど、誰も文句を言う人はいませんでした。

外に出て初めて地震の詳細を知る!

    • お昼からは何をしていたんですか?

娘さん:
午後からは「ずっとホテルにいるのも辛いから」と、先生たちが生徒全員を引き連れお散歩に連れて行ってくれました。ホテルのロビーに行くと、ロビーの床が埋まってしまうほどたくさんの外国人が座っていました。みなさん大きな荷物を持っていたので、帰れなくなってしまった人たちだったのかもしれません。

外に出ると、まず、人の少なさに驚きました。車も少ない気が…。信号が全部消えていて、真っ暗なコンビニにできた長い列も見ました。私が初めて見た静かな札幌で異様な光景でした。

お散歩しているとテレビのついてる場所がありました。映し出されていたのは山が崩れてしまったようなところ。ここはどこなんだろうと見ていると、テロップに「地震」とか「全道で停電」と書かれています。

「???」

この時点で私たちに起きたことが初めてわかりました。もちろん先生方は知っていたのだと思いますが、生徒たちに言うと動揺してしまうと思ったのか、一切どこで起きた地震だったのか、札幌が震度いくつだったのか、などの話はしないでいてくれたんです。

山が崩れた様子も衝撃的でしたが、北海道全部が停電しているとわかったほうが衝撃的でした。パパやママは大丈夫なんだろうかと、すごく心配になりました。

夜ごはんは旅行会社の人が用意してくれた!

    • 夜ごはんはどうしていたんですか?

娘さん:
夜ごはんは旅行会社の人がパンとお茶を用意してくれました。たった一個のパンでしたが、とっても美味しく感じました。停電で自動販売機が使えずお茶も買えませんでしたから、お茶も嬉しかったです。でも、またいつお茶を買えるかわからないので、みんな大事に大事に飲んでいました。

ごはんの後しばらく宴会場にいたのですが、そろそろお部屋に戻ろうということになり、また真っ暗いそれぞれのお部屋に戻りました。

22:00ころ電気が復活!

    • 札幌では地震当日の夜に電気がつくようになったんですか?

そうなんです。私たちのホテルは夜のうちに電気がついたんです。22時くらいだったと思います。嬉しかった~

それからお湯は出ないけど、どうしてもシャワーに入りたかったので、気合で水シャワーを浴びました。めっちゃ冷たかった(笑)そして、いつ帰れるかわからなかったので、ボディーソープで下着も洗っておきました!

JRは動かないけど、なんとか帰れることに!

    • 次の日には帰ってこられたんですか?

娘さん:
先生たちの話だと「JRが止まっているからバスで帰ろうと思うんだけど、バスも見つからないのでいつ帰れるかわからない」って話だったんですが、次の日の朝、突然帰れることが決まって。もう電気がついていたので、ホテルで朝食も用意してくれまして。朝ごはんを食べてから帰ることになったんです。

市内はまだ信号のついていないところもありましたが、特別道路に変わったような感じはなく、とりあえず帰れることがうれしかったのと、余震の寝不足だったのとで、バスの中のことはあんまり覚えてはいません。

あ~、そういえば、「みんな自由行動のときにお土産を買う予定だっただろうから」と、高速道路のパーキングエリアでお買い物をさせてもらいました。ここはまだ電気がちゃんとついていなくて薄暗い店内でしたが、みんな家族へのお土産が買えてうれしそうにしていました!

お母さん:
わたしが子供たちが帰ってくることを知ったのは連絡網メールでした。もうJRは運休するのはわかっていたので、帰ってくるならバスしかない。でも、バスが手配できない、手配できても道中の信号が全部つかないと運行できないという話を聞いていましたので、正直こんなに早く帰ってこられるなんてびっくりしました。だって、まだこちらは停電のままでしたから。

そのころ学校HPも回復して、子どもたちが真っ暗なところで円卓を囲む写真が何枚もアップされているのを見ました。「こんなことになっていたのか」「怖かっただろうな」「心細かっただろうな」と涙が出ました。それと同時に『早く娘に会いたい』と思いました。

学校に帰ってきた!

    • 無事に帰って来られたんですね!

娘さん:
ようやく帰ってきたー!って感じでした。先生方が全員学校に集まってくれて、私たちの帰りを待っていてくれたみたいです。たった何日しか経っていないのに、すごく長い旅行をしたような気分になりました(笑)そして、先生方だけじゃなく、みんなのママたちも私たちを拍手で迎えてくれて、なんか英雄になったみたいな感じになりました(笑)

ママの顔を見たときはホッとしましたね。頭をポンポンしてくれて嬉しかったし、安心しました。

お母さん:
娘の言う通り、こちらの残っていた先生方全員が帰りに合わせて集まってくださり、みんなで子供たちのバスを心待ちにしていました。バスが到着した時には歓声が上がったほど。みんな涙をこらえるのに必死でした。

久しぶりに会う子供たちはみんな疲れ切っていて、でも、どこかひと回りたくましくなったような。先生方もお疲れの様子と、なんとか帰ってこれたという安どの表情でしたね。本当に感動的な光景でした。

地震を経験して思うこと

娘さん:
わたしはスマホもテレビもラジオもない中、停電と余震に襲われました。何もわからないことがいちばん辛かったです。

『北海道で大きな地震=道東の津波のくる地震』というイメージしかなかったので、お散歩に行ってテレビを見るまでは、口には出さなかったけど、地元で大きな被害が出ているんじゃないかとすごく心配していました。自分のつらい状況よりも、パパやママのことが心配でなりませんでした。みんなと一緒じゃなければ心配で心配で泣いていたと思います。

地震は怖かったし、食べ物がなくて悲しい思いもしましたが、絶対忘れられない修学旅行になったことは間違いありません。もうこんな経験したくないですが(笑)そして、情報がいかに大事な物かということ。電気がないと何もできないことを身をもって感じました

私たちのために一生懸命食べ物を探しに行ってくれた先生方、バスを探してくれた先生、心細くならないようにずっと声をかけてくれた校長先生には本当に『ありがとう』の気持ちでいっぱいです。

お母さん:
とにかく無事でいてくれたことがうれしいです。離れた場所で、しかも子供たちばかりの修学旅行先での被災ということで、本当に心配しました。けど今、娘が自分のことよりもパパやママのことを心配してくれていたとは…。泣けてきちゃいますね。自分の方が大変だったのに。

大きな地震を経験したことのない娘が、まさかこのタイミングで地震にあうとは考えもしませんでした。とっても心細かっただろうと思います。でもお友達がいたり、先生方が気遣ってくれたおかげで、無事に過ごせたんだと思います。こんな非常事態にバスを運転してくださったドライバーさんにも感謝ですし、「お世話になったみなさん、本当にありがとうございました」という気持ちですね。

最後に

ようやく停電から解放されたと思っていた娘さんは、おうちがまだ停電だということを知ったのは自宅に向かう車内の中。そのときのショックはすごかったそうです。(その日の夜遅くに電気は復旧したようですが。。。)

お二人のお話を聞いて「こんなこともあるんだな」「こんな経験された方がいらっしゃったんだな」と、あらためて災害は時を選ばないでやってくるものなんだと実感しました。貴重なお話をしてくださったMさん、どうもありがとうございました。

特集記事一覧

カテゴリー